、あぶない――と、走りながら、自分は幾度か警告したのは口だけで、そう言いながらここまで走って来たと思った自分は、実はこの人の小腋《こわき》に抱えられて、自分が口だけの案内者に過ぎなかったということが、この時、ハッキリわかりました。
その証拠には、自分は全く素足《すあし》で、履物《はきもの》というものを穿《は》いていない。それは途中で脱げてしまったのではなく、最初から穿いて来なかったので、穿いて来る余裕の無かったということは、今となって明らかにわかります。
かりにも履物をつけないで、あの河原道をここまで走って来れば、足が裂けてしまっているに相違ない。それだのに、自分の足はなんともないではないか。それが、ハッキリわかってみると、お雪ちゃんは、いくら先走って世話を焼くようでも、女は女――という引け目を、しおらしく感じてしまいました。
同時にまた、こんなに病身で、ことに肝腎《かんじん》のお目が悪いのに、それでも足許《あしもと》を誤らずに、この石ころ高い河原道を、わたしというものを抱えながら、ここまで連れて来て下さった先生は、えらいと思わないわけにはゆきません。
危急の場合にはどうしても
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