エン
ニイ、ツエテンジヤ
ニイ、ツエテンジヤ
[#ここで字下げ終わり]
茂太郎としては出鱈目《でたらめ》ですけれども、これは立派に支那の端唄《はうた》になっていました。
こんな出鱈目を器量いっぱいに歌いつづけた時に、茂太郎は行手の右の方の、こんもりと小高い丘の上に真黒に盛り上った森の中から、ポーッと火の手の上るのを見ました。
それは、狼煙《のろし》のように――風が無いものですから、思うさま高く伸びきって、のんのんと紅い色を天に向って流し出したのです。
「あれ、天神山で火が燃えた」
時ならぬ火である。一時は火事かと思ったが、火事ではない。お祭礼《まつり》でもないはずなのに、誰が、何の必要あって、あんなに火を燃やし出した?
茂太郎は、思いがけなく火の燃え出したのを、非常時として見るよりは、その火の色が特別に赤い色をしていることに、美しさを感じて、一時は見とれたように立ち尽しました。
火は、いよいよ盛んになって、やがてパチパチと竹のハネル音まで聞え出した時、茂太郎の唇の色が変って、
「あ、そうだ、マドロス君が焼き殺されてるんだぜ、あの火は……」
四
そこで
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