と思われる。
 そうして、夢中に、ものの二町ほども走ったが、幸いに、何物も後を追い来《きた》る気色《けしき》がありませんから、そこで、安全圏内に入ったつもりで、歩調をゆるめてしまいました。ここへ来ると、行手に遠見の番所の火影《ほかげ》がボンヤリと見えている。万一の場合、大きな声を出しさえすれば、誰か番所から駈けつけてくれる。それでも間に合わない時は、殿様のお部屋に鉄砲がある――そんなような安心で、茂太郎はまた歌の人となりました。
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チーカロンドン、ツアン
パッカロンドン、ツアン
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と、口拍子を歩調に合わせて、
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姐在房中《ツウザイワンチョン》
繍※[#「口+下」、25−3]繍花鞋※[#「口+下」、25−3]《シウリアンシウファヤイヤア》
忽聴門外《フラテンメンワイ》
算命先生《サンミンスヘンスエン》
叫了一声《キャウリャウイシン》
叫了一声《キャウリャウイシン》
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と勢いよく唱え出して、
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トデヤウ、パンテン
スヘンスエン
ニイツインゾオヤア
ヌネン、バズウ
ゴテ、スヘンス
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