じている。それは痩《や》せても枯れても従来の徳川家が一方の勢力で、他の一方の勢力の中心は、薩摩と、長州である。ことに薩摩がいけない。長州は国を賭《と》して反幕の主動者となっているが、そこへ行くと薩摩は、国が遠いだけに、長州よりも隠身《いんしん》の術が利《き》く。長州は幾度か国を危うくしたが、薩摩はそんな危急に瀕したことは一度もなく、そうして威圧のきくことは無類である。この両藩が中心となって末勢劣弱の徳川家を、有らん限りの横暴と、陰険とを以て、いじめている――と、雲井なにがし[#「なにがし」に傍点]は誰もが見るように見ている。
 ところで、その徳川家の、征夷大将軍の威力も明らかに落ち目で、盛衰消長はぜひなしとするも、それにしても歯痒《はがゆ》すぎる――と、雲井なにがし[#「なにがし」に傍点]は自分のことのように憤慨する。
 徳川氏、政権をとること三百年、士を養うこと八万騎、今日この頃になって、ついに一人の血性《けっせい》ある男子を見ることができない。雲井なにがし[#「なにがし」に傍点]はそれを切歯《せっし》している。その点から見ると、明らかに徳川方の贔屓《ひいき》であって、薩長の横暴陰険
前へ 次へ
全323ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング