の英雄豪傑のした荒ごなしを補填《ほてん》して行って、人間の仕事に、不朽の光栄を残して行くようになっているのだ。幼稚な国の教育は、ただ前の英雄豪傑だけに箔《はく》をつけ、後の使命者の真価を教えない、だからもし日本人に向って、秀吉とは誰だと聞いたら、三尺の童子だって知っている、永徳と呼びかけてみて、日本人のうちでは、最も教養のある部に属する君たちが知らない、知らないことが恥にはならない、真実情けないことではないか」
 白雲が痛快に罵倒《ばとう》するのを、雲井なにがし[#「なにがし」に傍点]は耳を傾けていて、
「そりゃ、君の言うことも一面の真理はある、なにも政治をしたり、軍《いくさ》をしたりする奴だけが英雄豪傑ではなかろうけれど、他の社会の仕事は、その道の人でなければわからない、わからないから、自然、人の口頭にも上らないのだ。それは必ず英雄豪傑が存在するに相違ない、不幸にして、その人たちは、全体を見渡せるだけの地点に立っていないから、全体にも見られないのだ」
「ところが美術というものは、誰にも見えるところに置かれ、誰にも見られるように出来ていながら、それを見る人が無いのだ、たとえば……」


前へ 次へ
全323ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング