?」
「吾妻山の高さは五尺五寸だ」
「五尺五寸とは何だ」
 田山白雲が威丈高《いたけだか》になりました。
 それはこの青年に対して、あまり大人げないようでしたけれども、酒興に乗じたとはいえ、高さ五尺五寸の高山とは、この青二才、人を愚弄《ぐろう》した挨拶だ、と憤慨したのも無理はありません。
 そこで、白雲が、いきなり猿臂《えんぴ》をのばしたのは、この青二才をなぐろうとしたのです。
「まあ、待ち給え」
と青年武士は、白雲の憤慨を軽く受けとめて、微笑を含みながら次の如く言いました。
「拙者の家の書斎の窓は六尺だ、その六尺の窓から見ると、吾妻山の全体が見えて、まだ四五寸余る、それによって測量すると、あの山の高さは、まさに五尺四五寸のものだろうと思う」
「ハ、ハ、ハ、ハ」
 嬉しそうに笑ったのは、この家の主人です。
「それは全く間違いのない測量でございます、六尺の窓へ入りきる山は、五尺四五寸以下でなければなりますまい」
 そこで、白雲がまた白《しら》まされてしまいました、これは喧嘩にならないと思いました。
 同時にこの青年は、鬱屈《うっくつ》たる怪物であると共に、湧くが如き才物であることを、思わ
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