」というのが、この男の好んで用いる変名であろうと白雲が考えました。
そうして見ると、この雲井竜雄という名が、この青年には、いかにもふさわしい命名であるように思われてくる。
主人は、先刻から米沢藩士児島某と紹介していたが、自分で名乗るところでは雲井竜雄だ。それは自己命名か、由緒あるところの雅号かなにか知らないが、この男には、たしかに児島なにがし[#「なにがし」に傍点]よりも、ここに記した雲井竜雄の名がふさわしいと、白雲が微笑して納得してしまいました。
そうとは知らず、昂然として、筆を置いた児島なにがし[#「なにがし」に傍点]こと雲井竜雄は、またもとの座に直ったが、不出来ともなんとも申しわけをするのではなく、自分の書いた賛を七分三分に睨みながら、主人の捧げる杯《さかずき》を取り上げました。
白雲が、そこでなんとなく、いい心持に、持前の喧嘩腰を発揮しようとします。
この男の喧嘩は名物です。喧嘩を吹きかけてみるということが、必ずしも、癪《しゃく》にさわる時のみではない。何かいい心持になった時、酒の勢いによって善悪にかかわらず相手を巻添えにしてしまいたがる。この時もようやく酒気が廻った
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