洞の間)
怒濤如雷噴雷起(怒濤雷の如く噴雷起る)
淘去淘来海噬山(淘《ゆ》り去り淘り来《きた》り海、山を噬《か》む)
地形雄偉冠東奥(地形の雄偉、東奥に冠たり)
…………………
[#ここで字下げ終わり]
 一字一句もまた、その筆勢にかなう磊嵬《らいかい》たる意気の噴出でないものはありません。
 もとより古人の詩ではない。誰か、近代人の作を借りて来たのか、どうもその手に入った書きぶりを見ていると、他の作を借りて、自家の磊嵬に濺《そそ》ぐものとも思われないのです。
 してみれば、これは自作だ、この年で――二十歳前後です――この筆で、この作で、この意気、これは全くすばらしい男だと、白雲が舌を捲いてしまって、今度は、改めて、拳を膝に置いて、その武士の横顔を、穴のあくほど睨《にら》みつけたものです。
 件《くだん》の武士は、ここまで一気に雲煙を飛ばせて来たが、ここへ来ると、ピッタリ筆をとどめて、
「まだ、あとがあるのだが、未完稿として、これで筆をとめておく」
と言いながら、同じ筆で、そのわきへ「湖海侠徒雲井竜雄題」と小さく書きました。
 これが落款《らっかん》のつもりでしょう。「湖海侠徒雲井竜雄
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