二つを、床の間に置いて、送別の小宴を開いているところへ、外から、
「半十郎」
と主人の名を呼ぶ声がします。
「ああ、児島先生がおいでになりました」
 主人が座を立って迎えようとする時、早や、声の主は襖を押開いて、無遠慮に、ここへ通りました。それを白雲が見ると、小柄な、色白の、まだ年の若い一人の武士であります。
「拙者は、米沢藩の児島辰三郎という者でござる」
 引合わせられて、その若い武家が、白雲の前に名乗りました。
 年は若いし、小柄ではあるし、色は白いし、額は広いのに、髪は惣髪《そうはつ》に結んであるので、一見、女にも見まほしいといったような優男《やさおとこ》には見えるが、そこに、なんとなく稜々たる気骨の犯し難きものを、白雲が見て取りました。
 打見るところ、何か、出張の目的あって、自分よりも以前にこの家に逗留《とうりゅう》しつつ、その所用を果しつつあるのだな。
「ごらん下さいませ、あなた様の御不在中、田山先生に、あの二幅を描いていただきました」
「ははあ、鍾馗か……風景は、あれは勿来の関だな」
「はい」
「うむ、見事見事」
 その武士は、見事見事だけで一切を片附けてしまったのを、白
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