いるから、泊ろうと思うのだ」
「え、小名浜の網旦那んとこですか」
「いや、小谷というのだ」
「そりゃ、お前様、網旦那んとこだ」
「とにかく、そこへ尋ねて行くのだ」
「それじゃ、網旦那のお客様だ。みんな、このお絵かきさまは、網旦那んちのお客だから失礼のねえようにしなよ。直《なお》しゅう[#「しゅう」に傍点]に次郎公、おめえ、小名浜まで、このお絵かき様をお送り申しな」
 こうして、彼は質朴なる村人の諒解と、好意を得て、その夜は関北の村に一泊し、翌日は小名浜の小谷家まで無事に送り届けられて、そこで、鹿島洋で、測量のさむらいがくれた紹介状が立派に物を言い、このあたりでは、ほとんど領主でもあるらしき尊重ぶりの、いわゆる網旦那の屋敷の客となることを得たという次第です。
 その家について見ると田山白雲は、いよいよ以て、この辺に於ける網旦那なるものの勢力が、勢力に於ても、富に於ても、鹿島以東の浦々に並ぶ者のない威勢を見せていることを知り、そうしてまた、ここの当主が聞えたる蔵幅家であることを知り、なお人物と書画と両方面に、相当の鑑識を備えていると見えて、田舎廻《いなかまわ》りの旅絵師を名乗って来た白雲を
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