いを見て、この写生帖を提出すれば、万事はたちどころに解決するのを例とする。今も、
「なるほど、浪人者にゃあ、こうは描けねえなあ」
という諒解についで、
「やあ、九面《ここつら》の太平が小屋を描いてあらあ。九面の太平が小屋、あん嬶《かか》あが、餓鬼をしょって立ってやがら」
「あ、あ、あ、太平が小屋か、お国っかかあが餓鬼を背負って立ってるとこが、うまくけえてありゃがらあ――ふーん」
 諒解が、やがて感歎に変り、
「うめえもんだなあ、こりゃお関所の松の木んところだぜ――そっくりだあ、あ、こりゃ山庄の土蔵だよ」
「なに、お前様、小名浜《おなはま》の網旦那んとこんござらっしゃるのかね――みんな、御粗末にするなよ、網旦那んとこのお客様だあよ」
と、村の長老がこう叫び出したので、空気がまた一変しました。

         十七

 田山白雲は、長老の一人から、
「で、お前様、絵をかきに上州の方から、わざわざ、こっちへござらっしゃったのかい、そうして、これから、どっちの方さ、ござらっしゃるだかえ」
とたずねられて、
「今日はひとつ小名浜というところまで行って、そこで、小谷半十郎というのへ、紹介されて
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