。
風体《ふうてい》の怪しい浪人者と見たらば、引捕えることも、尋常に捕まえきれぬ時は、斬り殺すことも許されている。一応、諒解したらしいが、再応の雲行きが怪しくなったと見て取った白雲は、
「いや、君たち、絵かきだから二本差して悪いというわけはないのだ、拙者は絵を描いているが、野州の足利でこれでも士分のはしくれの者なのだ、浪人者じゃないのだ。それ見給え、この写生帖というものを見るがよい、香取、鹿島から、霞ヶ浦から、鹿島洋《かしまなだ》からこっちの風景をこの通り写して来ている、今もそれ、平潟《ひらかた》の村から勿来の関、有名な古来の名所だろう、それを、この通り図面にうつし取ったのだ」
と言って、ワザワザ彼等の前に、その写生帖をひろげて見せました。
言語、文章を以てしては理解せしめ能《あた》わざるものを、絵画が容易《たやす》く説明する。田山白雲は、いつもこの手でもってあらゆる難関を突破する。
彼はその風采に於て、剣客とされ、浪士とされ、或いは風雲の機をうかがうたぐいの間諜とあやまられるのに適している。そこで頭から、自分は絵師の田山白雲ということを名乗って、そうしてなお聴き容れられざる潮合
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