取ることは、先方の身になってみれば、ちっとも不思議ではない。
しかし、気の毒な思いをさせた。こちらは、不意に出逢わせてはかえって虫を起すだろう、ワザと遠くから予備意識を与えて、この自分というものが、見かけほどに怖ろしい男ではない、という諒解《りょうかい》を与えておこうとした好意が、かえって仇《あだ》となって、娘を逃がしてしまった、気の毒なことをしたよ――と苦笑しながら、その逃げ去ったあとを見つめると、何か落しものをしている。
十五
傍へよって落したものを見ると、それは金唐革《きんからかわ》の香箱でした。
「やれやれ、かわいそうなことをしたわい」
白雲が大事に拾い上げて見ると、箱の中には、鼈甲《べっこう》の櫛笄《くしこうがい》だの、珊瑚樹の五分玉の根がけ[#「根がけ」に傍点]だのというものが入っている。
あの娘が、後生大事に抱えて来たものだ。
風呂敷へも、籠へも入れず、こうして持って歩いたのは、途中も嬉しいことがあって、時々、取り出してはながめ、取り出してはながめずにはおられない理由というほどのものがあって、自然に下へは置けなかったのだろう。
あちらの町
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