かも、前へは摺《す》らないで、うしろへ摺る。
白雲は、莞爾《にっこ》として、娘を迎えようとする。
しかも娘は蒼《あお》くなる。
白雲は、怖いものじゃないよ、という表情をして見せて、再び小手招きをする。
娘は、また足摺りをする。やはり、後ろへ向って、こっそり足摺りをしていたのが、やや小刻みに、二足ほど引く。それでも、姿勢は棒立ちになった心持。
松の立木と、萩の下もえとを間にして、その間約半丁――
いかに白雲が、好意を示し、小手招きをしても、娘は近寄らない。この間《かん》、しばし。
やがて、三足、四足と、急速に踵《くびす》を返すと、まっしぐらに、身をねじ向けた娘、そのまま真一文字に、もと来た道へ馳《は》せ下ってしまいます。その、処女《おとめ》にして同時に脱兎の如き文字通りの退却ぶりを見て、白雲はあいた口がふさがらないのです。
だが、その心持と、進退のほどはよくわかる。申すまでもない、恐怖がさせた業で、彼女の恐怖の的となっているのは自分――男性でさえ、この御面相ではかなり避けて通すことになっているこのおれというものに、この時節、こんなところで、不意に呼びかけられて、あの態度を
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