治の中心地となってしまい、常陸にはその宗藩が置かれ、その常陸を僅か一歩抜け出したところの「勿来」の関。これから奥にはまだ、黄金《こがね》花咲くといわれるところに、伊達《だて》を誇る都もあるし、蝦夷松前《えぞまつまえ》といっても、名もなき漁船商船でさえが、常路の如く往来をしているこの際に、白雲ほどの豪傑が、ホッと息をついて、「遠くも来つるものかな」は女々《めめ》しいではないか。
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吹く風ならぬ白雪に
勿来の関は埋もれて
萩のうら葉もうら淋し
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但し、ここで白雲の口頭に上った微吟の歌には、なんらの意義がない。さし当り口を突いて出て来た調子のままに、口あたりよき雅言が、詠歎的に歌調をなしたまでのことで、つまり多少とも、清澄の茂太郎にかぶれたものと見ておけばよい。
立ち尽して、白雲はただ蒼茫《そうぼう》たる行手の方のみを、暫く見つめていました。
「遠くも来つるものかな」
やはりその旅情を、如何《いかん》ともすることができないらしい。
十三
西に眼を転じて、自分は、安房《あわ》の国、洲崎浜の駒井甚三郎の食客となっている身
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