音に聞く、勿来の関の古関の址。
誰が書いて、いつ立てたか、「勿来古関之址」と、風雨に曝《さら》された木柱の文字。それを囲んで巨大なる松の木が五六本、おのずからなる離合の配置おもしろく生い立っている。
桜はと眼をつけて見たが、あちらに半ば枯れた大木と、あとから植えたものらしい若木が十本ばかり、半ば紅葉して見えただけのもの。さて、東には海を見晴らし、西には常磐《じょうばん》の連山。海は遠く、山は近く、低い雲に圧《お》され気味な、その日の、その時刻。
古関の木柱の前に立ちつくして、雲霧と海山とをながめ渡して、白雲はホッと息をつきました。
これは疲労を感じたから、ホッと息をついたのではない。夕暮の雲煙が、いとど自分の旅情を圧迫して、やはり、旅情というものを、いよいよおさえ難きものにしたからでしょう。
「遠くも来つるものかな」
彼はこういう表情をして、勿来《なこそ》の古関の上に、往を感じ、来を懐《おも》うて、いわゆる※[#「彳+低のつくり」、第3水準1−84−31]徊顧望《ていかいこぼう》の念に堪えやらぬもののようです。
実際、遠く来てしまったな――という感じは、その旅中の気分の中
前へ
次へ
全323ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング