炉辺の人間味が、いよいよ増して来るのを常とする。
「皆様、おかげさまで、ゆっくりとお湯につからせていただきまして、ほんとうに骨までがあたたまってまいりました。火で焚きましたお湯と違いまして、天然に涌《わ》き出でまするお湯は、肌ざわりがまた天然に軟らかでございますものですから、ほんとうに久しぶりでわたくしは、我を忘れてお湯の中へ魂までつけこんでしまいました。これも、身心悦可柔軟という気持の一つでございましょう」
普通、今晩は……だけの挨拶で済むべきところを、一口にこれだけのお喋《しゃべ》りをしながら、一座に向って、ていねいにお礼を申しましたから、まだ弁信をよく知らない一座は、なんとなく異様に感ぜしめられました。
「弁信さん、まあ、こっちへおいでなさい、さあ、ここでおあたりなさい」
と弁信を導いたものは、北原賢次です。
「はい、有難う存じます、いえ、もう、こちらで結構でございます」
「遠慮なさらずに、こっちへいらっしゃい、さあ、手をとってあげましょう」
「いいえ、それには及びませぬでございます。では、せっかくのおすすめでございますから、それに従いまして、遠慮なく罷《まか》り出ますでござい
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