前でなければ見られない御幣である。それが無残に引裂かれ、打砕かれて、あまつさえ、土足で蹂躙《じゅうりん》してある痕跡が充分です。
合点《がてん》ゆかずと、なおも歩んで行くうちに、今度は、さんざんに砕かれた、光るものの破片を認め、それが鏡であることを知り、その鏡も尋常の品ではなく、やはり由緒深い神社の神前でなければ見られない性質のものであることを、直ちに認めました。
なお、行くことしばらくにして、あろうことか、コテコテと人間の尾籠《びろう》な排泄物が、煙を立てている。
主膳はムッとして、面をそむけて通り過ぎましたが、宮の前に来ると、そこにまた異様なものを認めないわけにはゆきません。
人間の生首《なまくび》――といっても、幸いに肉身の生首ではなく、どこから何者が取り来《きた》ったのか、相当の木像の首が、三尺ばかり高い台の上に、厳然と置き据えられて、その傍らに捨札がある。
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逆賊 足利尊氏の首
同 弟 直義の首
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主膳はムカムカとしました。
その途端、後ろの方、社司の住居あたりで、甲高《かんだか》い人声がする、
「申し分があらば
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