す。
太陽はあの通り赫々《かくかく》たるものだから、狎《な》れるわけにはゆかないが、月はあの通り涼しいではないか、星はあの通りクルクルと舞っているではないか、毎夜毎夜、人間と遊びたがって、大空にやさしく出て来るではないか。
茂太郎は、今は、天空を仰いで、星のまたたきと、月のさやけさとをながめて、戯れ遊ぶことだけでは我慢ができなくなりました。
手を取って遊ばなければならぬ、星があの通り招いているのだから、こっちも行ってやらないのは嘘だ! と、こんな空想から、その星の中の最も近くして最も明るい、あの月に乗って、それから星に遊ぶ――こんな空想のために、月が出ると矢も楯もたまらず、月をめがけてまっしぐらに馳《は》せ出すのを常とします。
二
茂太郎は、月に乗り得ないとは信じていない。こうして、走りかかれば、早晩、月に抱きつくことができると信じきっているが――いくら走っても、月の方へ走ると海になってしまう。海は深くして広いことを知っている。
月には至り得ることを信ずるけれども、海は越えられないということを知っている。
そうして、月をめがけて一散に走って、海に至ると
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