代物《しろもの》が一つ舞い下りて来たのだから、助平共が騒があな。おれは騒がなかったけれども、おれたちの仲間の不良共は騒いだよ。その別嬪《べっぴん》の女角力の名は、この家のお倉婆あと同じことに、おくら[#「おくら」に傍点]という名だったが――そのおくらが問題なんだ」

         八十九

 こういう話をはじめ出した時に、主膳がいよいよ興ざめたのは、この女が興にのって膝を乗出して来ることでした。
 このおれの監視役兼取押え方を命ぜられて出張しているくせに、こちらの挑発にひっかかって、女角力《おんなずもう》の昔話にうつつを抜かそうとするこの女の馬鹿さ加減が、いよいよ浅ましくなりました。女角力というものの存在は、つまり自分というものの存在の侮辱だとは感じないで、一緒になって、その侮辱を享楽しようという気乗り方に、主膳はすっかり興をさましました。
 興をさましたとか、浅ましく感じたということは、主膳に於て、そこで、うんざりして抛棄《ほうき》するという意味にはならない。こちらが興がさめて、浅ましく感ずれば感ずるほど、そちらが興に乗って、息をはずませて来ることの皮肉をよろこんでいる。
「とこ
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