すが、海に向いた生田《いくた》の森が手薄でございます、早速、明日にも、あれへ柵をおかけになっておいた方が、安心でござります」
七兵衛は、いんぎんにこう言って、駒井に進言をしてみましたが、駒井はそれを聞いて、頷《うなず》くだけで、
「たとえ黒幕があるにしても、おだてる奴があるにしてもだ、人気がこうなってはモウいかんな、斯様《かよう》な人気の中で、我々は安心して仕事をするわけにはゆかん。我々の仕事は、鉄条網を一方につくって、人民を敵視しながら、研究を続けて行かねばならん、という性質のものではないのだ。彼等はおだやかにあしらっても、威力を以てあしらってみても、どのみち、我々に対して、ああいう根本的の誤解が人気になった以上は、それを釈明するのは容易のことじゃない。不可能のことじゃないにしても、それを納得させる努力を、ほかで用いた方がよろしいから、結局――この地は、我々の方より一応退散した方が勝ちだ」
十
駒井甚三郎は、その時に矢文《やぶみ》の紙片を取って、七兵衛に読み聞かせました――
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「ソノ方事、江戸ヲ追放サレテ、当地ニ来タル仔細ハ、毛唐ニ渡リ
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