八十五
主膳が再び、うたた寝からさめ、
「金助――金助」
「はーい、殿様、お目覚めでござりますか」
「何だ、お前は」
「はい」
神尾主膳は、二度目のうたた寝から覚めた朦朧《もうろう》たる眼を据えて、いま、眼前にわだかまっている代物《しろもの》を見ると、圧倒的に驚かされないわけにはゆきません。
それは金助ではない、金公とは似ても似つかぬ一人の女、しかも、小山の揺ぎ出でたようなかっぷく[#「かっぷく」に傍点]の大女、銀杏返《いちょうがえ》しに髪を結って、縞縮緬《しまぢりめん》かなにかを着て、前掛をかけている。呆《あき》れ果てた主膳は、
「お前はここの女中か」
「はい」
「でかい女だなあ」
「はい」
「あのな、こちがさいぜん呼んだ金助というがいるだろう」
「金助さんは、ちょっと急の用事が出来ましたから、殿様のおよっている間ゆえ、御挨拶も申し上げず、ちょっと失礼いたしますから、殿様の御機嫌に障《さわ》らないように、よろしく申し上げてくれといってお出かけになりましたよ」
「うむ、金公が出て行ったのか、では、お前でもいい、酒を持て」
「お酒は、おやめあそばしませ」
「ナニ、酒を飲むな?」
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