場にいたたまらず、猫を頭に載せたままで、下の座敷へ向って逃げ出し、誰ぞもう少し好意を持った相手の力を借りることよりほかに、最上の道はないことを知った。
 そうして、金助を追払ってしまった後の神尾主膳は、脇息を横倒しにして、それを枕に天井に向って、太い息を吹きかけながら横になりました。
 男色を弄《もてあそ》びに来たということが、愉快を買いに来たのではなく、男性というものの侮辱ついでに、もう一歩進んで侮辱を徹底させてやれ、というような残忍性が、主膳をこんなところに導いたものである。侮辱というけれども、この場合、主膳自身が侮辱されたわけではないが、侮辱されている男性の端くれを、日本橋で見たのが、男色を商《あきな》うやからに似ていると言われたついでに、男性が男性を侮辱するも一興だろう、とこんな謀叛心《むほんしん》で――ここへやって来たものだから、なにも特別に執着を感じてはいない。
 横になって、そうしてやっぱりこの倦怠した、この不安、不快な気分をどうしようという気にもなれない。
 結局、酒に限る――酒に落ちゆくよりほかののがれ[#「のがれ」に傍点]場はないというに帰する。

        
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