ございますが、ごらんになっちゃいかがですか」
「え、何?」
「曝しでございます」
 主膳の癇癪《かんしゃく》と、駕籠屋の注告とが、ぶっつかって、ちょっと火花を散らしたが、駕籠屋の注告に制せられて、
「曝しとは何だ」
「ごらんなさいまし」
 駕籠屋が外から垂《たれ》を上げたものです。今まで自分だけで心頭をいきり立たせていたものだから、外面を乗物がどううろついて来たか、その辺はいっこう、耳にも入らなかったのだが、そう言われた瞬間に、人通りの劇《はげ》しい音が主膳の耳に入り、つづいて、外からはねられた垂の外を見ると、そこに、「曝し物」
 うむ、ははあ、いつのまに、日本橋まで来ていたのか。
 ここは日本橋だ、しかも日本橋の東の空地だ、なるほど、曝し場に違いない。小屋があって、筵《むしろ》がしいてあって、後ろに杭《くい》があって、その前にズラリと一連の曝し物がある。
 曝し物は、官がわざわざ曝して、衆人の見るものに供するのだから、ただでさえ、物見高い江戸の、しかも、日本橋の辻に官設してあるのだから、見まいとしても、それを見ないで通ることを許されないようになっている。駕籠屋は、乗主《のりぬし》に対
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