まさか奥さんはお話合いになりますまいが、女中さんのうちの乙なのを一つ、かけ合ってみてごらんになっては……あなたほどの悪食《あくじき》ですから、異人の女を食べたって、あたる[#「あたる」に傍点]ようなことはございますまい」
「うむ」
 ここで主膳が、うむと言ったのは、どういう意味かわからないが、挨拶に困っての詞《ことば》だけのものでしょう。
「なんなら、お取持ちを致しましょうか」
とお絹がつぎ足したのも、隙間だらけでしっくりとはうつらない。
 乗物が来たからお絹を一足さきに、主膳は後《おく》れて行くことにきめました。

         八十

 お絹は、いそいそと出て行ったけれども、主膳はそれほど気が進んではいない。
 勧められた事柄が風変りだから、後学のためにひとつ見て置いてやろうかな、という気になったまでのことで、別段、興をそそられているわけでも、なんでもないのです。
 それでも、あつらえた乗物が来てみると、やめるという気にもなれず、それに打乗って、根岸から築地へ向けて急がせてはみたが、乗物の中で、なんとなしにばかばかしいという気で、さっぱり目的のことに興味は持てないのです。
 こ
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