、一旦はこうして立っても、またおたがいに、いつでも手を取り合って楽しめる時が来るに違いありません」
与八から言われたことをうけうりのようにして、お松が一生懸命に人々の心を励ましました。
その翌日は、もう、運ぶだけのものを馬に積んで、乳母《ばあや》と子供は駕籠《かご》に乗せ、お松はあるところまで馬で――七兵衛は途中のいずれかで待合わせるということにして、幾多の村人や、教え子に送られて、この地の土になるのかと思われていたお松は、綺麗《きれい》にこの地を立ってしまいました。
与八も、送ると言って、江戸街道まで姿を見せたには見せたけれども、自分が昔捨てられたという新町街道のあたりへ来た時分には、もう与八の姿は見えませんでしたが、お松は声をあげて、与八の名を呼ぶ勇気がありません。あの捨子地蔵のあたりへ来ると、面《かお》を伏せて声をのみました。
こうして、お松とすべてを立たせてしまったその夜――沢井の机の家の道場の真中に坐って、涎掛《よだれかけ》を自分の首にかけて、ひとりで泣いている与八の姿を見ました。
七十五
二里三里と、飽かずに送って来てくれる見送りの者を、し
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