たのは、予想外中の予想外で、そうして、なにもそれをしなければ、直接の生命に関するというわけではないにかかわらず、そうさせられて行く力の前に、二人が如何とも争うことができなかったのです。
翌日から、泣き泣きすべての出発の用意と、あとを整理することとに、働きづめであります。
あとを濁さないように――というお松の日頃の心がけは、この際に最もよく現われ、いつも蔭日向《かげひなた》のない与八の心情もまた、こういう際によくうつります。
持ち行くべきものは持ち行くように、あとに残して、蔵《しま》うべきものは蔵うようにしているうち、お松が一つの葛籠《つづら》の中から、一包みの品を見出して、与八に渡しました。
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「与八かたみのこと」
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と紙包のおもてに記してある。しかもそれは、先代弾正の筆に紛れもない。与八も奇異なる思いをしながら、それをほどいて見ると、守り袋が一つと、涎掛《よだれかけ》が一枚ありました。その守り袋を開いて見ると臍《へそ》の緒《お》です。紙包の表に書いてある文字を、お松が早くも読んでみると、
「与八さん――これは、お前さんの臍の緒ですよ
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