のねえ子供や、なじみになった皆さんに別れたり、それがどんなに辛いかを思い出すと、あれを思い立ってから、毎晩、涙が流れて枕が濡れちまったが――なんでも罪ほろぼしのためには、辛い思いをしなけりゃならねえ、お釈迦様は王宮をひとりで逃げ出してしまった、西行法師は妻子を蹴飛ばして出かけた、人情を一ぺん通りたち切ってみなけりゃ、仏の恩がわからねえ……こんなことをお説教で聞かされたもんだから、わしゃどうしても一度、罪ほろぼしのために、廻国の難儀をしてみなけりゃ済まされねえ……こう覚悟をきめてしまっていただね」
 お松はたまり兼ねて、その時言いました、
「与八さん、お前は、何をそれほどまでにして、罪ほろぼしをしなけりゃならないほどの罪をつくったの?」

         七十四

 お松が力を尽し、言葉を極めての説得も、ついに与八の志を翻すことができませんでした。
 それでも、お松の方もまた、与八ひとりのために、この幸福と、必然とを取逃がすわけにはゆかない人間以上の引力を、如何《いかん》ともすることができません。
 そこで、おたがいに泣きの涙で、おたがいの導かるる方、志す方に向わねばならない羽目となっ
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