利を一本空にして、悠々とお茶漬を食べている。
もし、舟の中のあのおじさんが、このおじさんでないとしたならば、ここにいるこのおじさんは誰だ?
マドロス君と言い、この七兵衛と称するおじさんと言い、今日は実に、解しきれない変幻出没――さすがの茂太郎が当惑しきって、
「おじさん、いつここへ戻って来たの」
「たった今……」
「だって、お茶漬を食べているじゃないか」
「お腹がすいたから、いただいたのさ」
「だって……」
この時、屋外が騒がしくなりました。
八
そっと窓を押して、二人が外を見ると、すぐ眼の下なる浜辺は、白昼の如くかがやいているのを認めました。
それは、地上では盛んに焚火《たきび》をして、上には高張提灯を掲げ、何十人もの村民が、竹槍、蓆旗《むしろばた》の勢いで、そこに群がり、しきりに言い罵《ののし》って、この番所を睨《にら》み合っているのを見ます。
さすがに、ひたひたと押寄せては来ないが、この番所に向っての示威運動であることは確かであります。
そのうちに、大きな藁人形《わらにんぎょう》が二つ、群集の中に、こちらへ向けて、高く押立てられました。さながら
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