いか。そうだとすれば、実に気の毒千万のものだ、と兵馬らしい同情の念が起りました。
この同情が兵馬の弱味でしょう。一旦解決をしてしまいながら、後から同情の追加をしなければならないところに、いつも兵馬の弱味がある。この若者はいつになっても、徹底的に人を憎みきれない純良性から、脱することはできないらしい。
そう思って、同情はしてみても、眼前、このだらしない、ずるこけ落ちた緋縮緬《ひぢりめん》の品物を見せられると、うんざりする。ひとのことではない、自分が嘲笑されているような気がする。昔、ある城将が、容易に城を出ないのを、攻囲軍が、女の褌《ふんどし》を送ってはずかしめたという話がある。こんなものが落ちていました、これはお前の物じゃないか、と言って、あとから追いかけて還附してやる気にもなれない。とにかく、生酔い本性たがわずに、戻るべきところへ戻って、ぐっすり寝込み、明日はまた宿酔《ふつかよい》で頭があがらないのだろう。厄介千万な代物《しろもの》!
ぜひなく兵馬は、足もとで、そのゆもじ[#「ゆもじ」に傍点]を蹴飛ばし、蹴飛ばして、高札場の後ろまで蹴飛ばしてしまいました。
これは蹴出しというも
前へ
次へ
全323ページ中218ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング