きない。
こうしているところを見ると、つまり、自分が世間を翻弄《ほんろう》しているつもりでいても、結局、世間から翻弄されて、浮草と同じことに、落着くところが無い。事実は、あんなのが、正直者かも知れない。
そこで、兵馬はゆくりなく、吉原に於ての過去の夢を思い出し、悔恨の念と共に、あの時の相手がここに現われた女と、境遇はほぼ同じでも、行き方の全く違ったことを考えずにはおられません。この女の、こうして落着きも、だらしもないのに引換えて、いま考えてみると、あの吉原の女は賢明というものかも知れない。朝夕坐っていて客をあやなし、客のうちの為めになりそうなのをつかまえて、なんのかんのと言いながら、そこへ納まって、かなり完全に、一生涯の生活の保証をつけてしまう。その間に親へ仕送りをもすれば、役者買いの費用をも産み出す。今晩現われたあの芸妓だって、それだけの打算と手管《てくだ》がありさえすれば、こんなだらしのないことにはなるまい。
なまじい意地があるとか、涙もろいとか、なんとかいうことで、抜けられず、深みにはまって行って、自暴《やけ》が自暴を産み、いよいよ抜きさしのならぬところへ進んで行くのではな
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