ができませんから、一時は夢の中の夢ではないかと、自ら怪しみました。
ふむ、あの気紛《きまぐ》れ者が、僅かの隙にずらかったのだな、千鳥足でフラフラとさまよい歩き、結局は自分の家か、例の清月とかなんとかへでも納まったのだろう――とりとめのない奴だ、と呆《あき》れながら兵馬は、柳の木の蔭を見ると、そこに何か落ちている。
よく見ると、それは、女の赤いゆもじ[#「ゆもじ」に傍点]とか蹴出《けだ》しとかいうものが、ずるりと落ちている。
それを見ると兵馬は、実に度し難いやつは女だと思いました。
女であり、酔っぱらいであることによって、こちらが譲歩して、あれほど世話を焼かせているのに、ようやく醒《さ》めて、独《ひと》り歩きができるようになれば、お礼はおろか、挨拶の一言もなくして、行きたいところへ行ってしまう。こういった奴は、あの女には限るまいが、あんなのは殊にああしたもので、その図々しさと不人情が、商売柄だ――とはいうものの、あの女もああいう商売をして、所々を転々させられている。本当に図々しい、不人情ならばとにかく、あの若さで、あの縹緻《きりょう》だから、相当に納まっているはずなのに、それがで
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