《すか》して、大道で倒れて苦しがっている者の、仔細な観察を続けようとします。だが、まず以て安心なことには、この怪しい行倒れが、斬られて横たわっているのではなく、酔倒れて、身動きもならないほどになっていることに気がついたのです。
「酔っぱらいだな」
 酔っぱらいならば、酔いのさめるまで地面に寝かして置いた方がよい。
 この地では、あんなのを、通りがかりにためし物にして、さいなんで行く奴もあるまいし、まだ当分車馬の蹄《ひづめ》にかかる心配もあるまいから、まもなく夜が明けたら、誰か処分するだろう、そのうちには酔いがさめて、自分の酔体は、自分で始末するに相違ない。
 まず安心――という気持で柳の木から出て、そうして兵馬は、ずかずかとこの酔っぱらいの前を通り過ぎようとしました。
「もし、そこへ誰か来たの、何とかして下さいよ、もう動けない、助けて下さい」
 兵馬の足音を聞いて、酔っぱらいが呼びかけたのは不思議ではないが、それは女の声でした。
 助けて下さいと言うけれども、酔っぱらいであることは間違いないから、兵馬はそう深刻には聞きません。
 本性《ほんしょう》のたがわぬ生酔い、人の来る足音を聞いて
前へ 次へ
全323ページ中197ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング