って来た時に――無論、この高札場が、もう、一度前に一場出ていて、それが返し幕か、廻り舞台になっていて、今度はそこへ自分が一人だけ登場せしめられているということを、兵馬は知らないのです。ですから何気なく、その場面へ登場して来て見ると、その前路のまんなかに、自分よりは先に、もう一人の役者が登場していることに驚かされました。
 高札場を中にして、自分とは半町ほどの距離を置いて、大道のまんなかに、人が一人倒れて苦しがっていることが、兵馬には直ちに気取られてしまいました。
 そこで、心得て、踏みとどまり、その道のまんなかで苦しみうめいている者の何者であるか――無論、それは人間には違いないが、人間のいかなる種類に属しているもので、いかなる理由で、今頃あんな所にああしているのか、倒れているのは、事実あの人影一つだけで、他に連類は無いのか、なんぞということの視察には、かなり兵馬は抜け目がないのです。
 幸いにこの柳の木――これは、この前の場面に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百という役者が、充分カセに使った道具立てなのですが、ここにも兵馬のために有力な合方となってくれます。
 兵馬は、柳の蔭から透
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