、行燈を蹴飛ばして真暗にし、なお二の矢に、行燈の下から素早くさらった油壺を、兵馬のあたりをめがけて投げつけると、クルリと起き直って、廊下へ飛び出してしまいました。
 勿論《もちろん》、こいつは、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵で、噂に聞いた新お代官の屋敷の、好き者のお部屋様に見参するつもりで来たのが、案外にも、宇津木兵馬の寝ているところでした。

         六十

 その素早い挙動には、さすがに兵馬も呆《あき》れるほどでした。
 こいつ、本職だ!
 直ちに刀を取って追いかけたが、庭へ逃げたということを知ると共に、自分は庭へ下りないで、道場へと進んで行きました。
 道場には黒崎君が寝ている。
 兵馬は静かに黒崎を起しました。そうして、いま、曲者が入ったことを告げ、但し単身潜入したもので、大体に於て、深いたくらみのある奴ではないから、騒がないがよろしい、強《し》いて陣屋の上下を動揺させるほどのこともあるまいから、君は起きて、屋敷の内部を警戒し給え、拙者は一廻り邸外を廻って見て来る、二人だけで検分してしまおう、騒がないがよいと言いました。
 黒崎はそれを心得て、身仕度をしました
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