の下から這い寄った面の主も、同じように吃驚《びっくり》して、
「いけねえ!」
 途端に早くも兵馬は、この者の利腕《ききうで》を取ろうとして、案外にもそれが、フワリとして手答えのないのに、ハッとしました。
 これは双方の思惑違い、勘違いでした。
 兵馬が行燈の下から見た面は、予想していたような人ではなく、全く見なれない月代《さかやき》のならずものめいた、色の生《なま》っ白《ちろ》い奴! その色の生っ白い小粋《こいき》がった方が認めたのは、やっぱり案外な若い男の侍でしたから、双方とも一時《いっとき》全く当てが外れて、度を失ったものです。
 でも、兵馬は心得て、やにわに、その曲者の利腕を取って押さえようとして、再び案外に感じたことは、それにさっぱり手ごたえのないことで、つまり、この男は、手を引込めて、兵馬の打込みを外したのではなく、その利腕が、てんで[#「てんで」に傍点]存在していないのだということを、兵馬が覚りました。
 右腕は無いのだ、それならばと、膝を立て直して抑えにかかった時、先方もさるものでした。
 さっと、ひっくり返って、これは、ワザとひっくり返ったので、そのひっくり返った途端に
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