かっている。なにも自分を引留めて置きたいために、しめし合わせて、色仕掛のなんのというたくらみになっていないことは確かだが、なんにしてもこの二つが、左右から、当分自分を動けないものにしているらしいことは、争えない。
 兵馬は寝返りを打ちながら、こんなことを考えているうちに、廊下がミシと鳴るのを感じました。

         五十九

「ああ」
 そこで、兵馬は胸が燃えるような熱さを感じました。
 ああ、それ、今も気にかかるその人が、今晩という今晩、ここまで忍んで来られたのだ。ああ、正直のところ、自分はこの誘惑に勝てるだろうか。
 あの奥方――ではない、お部屋様、あの婦人がここへ入って来たら、どうしよう、声を出して恥をかかせるわけにもいくまい、そうかといって……
 ああ、困った、絶体絶命、兵馬は、もう全身が熱くなって、ワナワナとふるえが来ているようです。
 果して、ミシミシと廊下に音が続いてする、中の寝息をうかがっているものらしい、あ、障子の桟《さん》へ手をかけた。
 どうしよう、この誘惑に勝てようか、勝てても勝てなくても、今は絶体絶命だ。こういう時に、兵馬はいつも堅くなってしまって、動
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