らのしかかられた力にたまらず、振りもぎってがむしゃら[#「がむしゃら」に傍点]に逃げ出したこっちのザマは、話にも、絵にも描けたものじゃねえ――
それがよ、仮りにも、がんりき[#「がんりき」に傍点]の兄い[#「兄い」に傍点]ともあるべきものが、飛騨の高山くんだりへ来て、追剥か、辻斬か、異体の知れねえのに脅《おびやか》されて、雲を霞と逃げたとあっちゃあ――第一、七兵衛兄いなんぞに聞かせようものなら、生涯の笑われ草だ。
だが、どうして、おれは、こんなに逃げなけりゃならなかったのだろう。がんどう[#「がんどう」に傍点]をつきつけりゃあ向うも驚かあ、向って来たら、こっちもがんりき[#「がんりき」に傍点]だから、一番飛騨の高山の辻斬の斬りっぷりを見てやろうじゃねえかという、いたずら心充分でやった仕事なのに――意地にも、我慢にも、ああのしかかられては逃げ足が先で、見栄も外聞もなくここまで突走らされ、こうして立ちすくんだのは、いったいどうしたというのだ。
五十七
考えてみれば夢だ、幽霊を見たんだ、お化けにおどかされて逃げたんだ、ばかばかしさこの上なし。気の毒千万なのは屑屋の
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