忍ぶために、自分が柳の木の蔭で平べったくなっていると共に、このよた[#「よた」に傍点]者は、井戸側の蔭に這いつくばって、その目を避けていたのだ。
 つまり自分の隠形は立業であるのに、このよた[#「よた」に傍点]者は寝業で一本取ったというわけなのだ。二人とも、やり過してしまってから業を崩し、ホッと息をついて、のさばり出たのは同じこと。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が石垣の蔭からよく見ていると、手拭を畳んで頭にのせ、丸い御膳籠《ごぜんかご》を肩に引っかけた紙屑買《かみくずか》いです。
 紙屑買いだといって無論こういう場合には油断ができないことで、なお、よく注意して見ると――がんりき[#「がんりき」に傍点]は商売柄で、夜目、遠目が利《き》く――手にがんどう[#「がんどう」に傍点]提灯《ぢょうちん》を持っているところなどは、いよいよ怪しい。
 そこで、ともかくも、こいつのあとをつけてみなければならないことだと思いました。一応、その行動を見届けてやる必要があると思いました。
 そうして、暫くそのあとをつけてみた後に、がんりき[#「がんりき」に傍点]が唖然《あぜん》として、自分をせせら笑って
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