にお雪ちゃんが、上野原の自分の家によく似ている住居と感じたのは、旅に出てから、宿屋にばかり落着いて、旅籠《はたご》気分に慣れていたせいでしょう。こうして見るとお雪ちゃんはまた現前生活の人となりました。
 久助さんが、専《もっぱ》ら当座の衣食のために奔走してくれている。宿屋の主人が、旅中での災難を気の毒がって、いろいろ世話をしてくれるけれども、何を言うにも、当人の家さえ丸焼けになったのですから、細かいところの世話は焼けません。
 お雪ちゃんに、味噌漉《みそこし》をさげさせまいとして、給与の品や、米を持って来て、とにかく、当座に事を欠かないようにする久助さんの骨折りを見ると、お雪ちゃんは、またまたこの人をまいてしまおうとしたたくらみの心を、自分ながら悔います。
 そうして、この寺で一夜が明けて、朝になって見ると、お雪ちゃんは、いよいよ自分の故郷の寺の住居が、庭ごとそっくりここへ移されたのではないか知らと疑ったほど、よく似ていると思いました。
 それがためにお雪ちゃんは、懐かしい気持から、なんとなしに落着いた気分も出て、一時は、このお寺を永久の住居に借りてしまったら、とまで思いだしたくらいで
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