まなかったので、これをしお[#「しお」に傍点]に、無暗に働いて見せました。
 そうして、その晩のうちに相応院へ引きうつるように、一切の準備をととのえたけれども、お雪ちゃんとしては、何をどうしたか夢中でありました。
 ただ、あの雑草の中の存在物をば、一切思うまい、見まい、として急いだだけのものでした。
 ひっこしは夜でした。それが済むと、たまらない思いで、お雪ちゃんは枕に就いてしまいましたが、その夢いっぱいに蟠《わだかま》ったイヤなおばさんの面影。
 白骨の湯で、小紋縮緬を着た、あのイヤなおばさんが、だらしのない恰好《かっこう》をして寝そべって、股《もも》もあらわにして、その投げ出した足を浅吉さんに揉《も》ませている、浅公は泣きながらそれを揉んでいる、イヤなおばさんは、ニヤニヤと笑いながら、何とも言えない色眼をつかいながら、誰やらの膝にしなだれかかっているところを、お雪ちゃんが夢に見ました。
 まあ、おばさん、なんとだらしのない恰好! と見ていると、そのおばさんのしなだれかかっている膝の主は、横向きになっているわたしの先生――じゃありませんか。
 イヤな! お雪ちゃんは、名状すべからざる
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