うとしたのを、じっとこらえて誰にも言わなかったくらいだから、ここでも胸を抑えてしまった方がいい。わたし一人が納めていさえすれば、このイヤな思いを、人にうつすことだけは免れる。
 本当に、魂魄《こんぱく》があって、わたしたちについて廻っているとしか思われない、あのイヤなおばさん……
 お雪ちゃんは必死になって、今、まざまざ見た、棺の蓋の外れのあのイヤなおばさんの死面《しにがお》のまぼろしを掻《か》き消そう、掻き消そうとつとめたけれども、これはどうしても消すことができません。
 いっそ、先生に、洗いざらいブチまけてしまえば、いくらか頭が休まるかと思いましたが、それをこらえていればいるほど、イヤなおばさんの幻像が、自分の息を詰まらせるほどに圧迫して来るのを、どうすることもできません。
 横になってしまって、必死に息をころしながら、お雪ちゃんはまるくなりました。
「どうかしましたか、お雪ちゃん」
 久助さんが、軽く見舞の言葉をかけると、
「いいえ」
と打消して、わざと元気に起き直って見せましたけれども、その面《かお》の色ったらありません。幸いにして久助だから、別段に面の色が悪いともなんとも怪し
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