いま蓋を仕直したところへ重しに、ドッカとのせてしまいました。
この間《かん》の働きは、お雪ちゃんとしては見られないほどの早業と、力量とを持っていましたが、それをするともう大丈夫と思ったのか、下へ投げ捨てた薪を、またも小腋《こわき》にかいこむと共に、走り出しました。
後をも見ずに走りました。
四十四
そうして、お雪ちゃんは、屋形船のところまで帰って来たのですが、その時は、もう口が利《き》けませんでした。
船べりにとりついて、はあはあと激しい息をついているのです。
もしこの時に別の事情がなかったならば、お雪ちゃんは一時、その場で昏倒してしまったかも知れません。また、もし船の中へ走り込む元気があったならば、いきなり、竜之助の膝にしがみついて、うらみつらみを並べたかも知れません。
そのいずれでもなかったのは、ちょうどこの際、船の向う側の一方で、久助さんの声を聞いたからです。しかもその久助さんが、何かその向うを通行の人と、かなり高声で会話をしていたのが、お雪ちゃんの耳に入ったものだから、この危急の際に、辛《から》くも踏みとどまって、多少の遠慮の心を起したのが、つ
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