ん》なれ、われ勝ちにという浅ましさのほかにはありません。
お雪ちゃんはあしらい兼ねました。全くこの犬共はお雪ちゃんの手には余るのです。
でも、犬共は、人間に対する敬意を以て、お雪ちゃんの小腕ながら、その振り上げた杖には、一応の遠慮をするだけはしますが、その影がこちらへ動けば、もう犬共はひっついて来ます。お雪ちゃんの振り上げる杖の瞬間だけに敬意を払って、それが戻るとすぐにつけ入ってしまいます。
「叱! 叱!」
お雪ちゃんをして、もう自分の力ではおえないと覚《さと》らしめて置いて、そのうちの最も獰猛《どうもう》なのがその策杖《さくじょう》の二つ三つを覚悟の前で、両足を棺へかけて、鼻と口を、棺の中へ突込んでしまって、後ろに振動した尾を、キリキリと宙天へ捲き上げてのしかかっています。
「おや、こりゃ犬じゃない、山犬じゃないか知ら、狼じゃないか」
お雪ちゃんが、その一頭の獰猛と貪婪《どんらん》ぶりに身の毛を立て、こう思ってたじろいだのも無理はない形相《ぎょうそう》でしたが、事実は、やっぱり野良犬の一種で、狼や、山犬に属するものではなかったようです。ただ、飢えから来るところの不良性が、極度
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