さんです。

         四十三

 不思議な圧力で、それを充分に見届けさせられて、お雪ちゃんは、その圧力が解けたと見た時分に、自分の周囲を襲いかかる、またも不思議な有形動物の形に驚かされました。
「叱《しっ》! 叱!」
 それは思いがけないことでしたけれども、有り得ない動物ではありません。
 このあたりに彷徨する野良犬が五六頭、雨降りの時候でもあるまいに、まっしぐらにくつわを並べて、このところまで飛んで来て、息をフウフウ吹きながら、棺の廻りに走《は》せつけ、飛びついたり、はねかかったり、臭気をかいだり、上へ乗ったり、下をくぐったりして、この寝棺を取巻くのでした。
「叱! 叱!」
 お雪ちゃんは、この時、自分ながらわからない一種の勇気が出て、有合わせた薪の太いのを持って、群がる野良犬に向いました。
 お雪ちゃんの、竹の棒の音に驚かされた野良犬は、それに一応の挨拶でもするように、一応は飛び退くけれども、忽《たちま》ち盛り返して、以前のように棺に向って飛びつき、狂いつき、或いは蓋の外《はず》れを歯であしらって向うへ突きやり、その有様はどうしてもくっきょうの獲物《えもの》――御参《ござ
前へ 次へ
全323ページ中137ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング