ものが、現にまだここに置き放してあるではないか。
 何という冥利《みょうり》を知らぬ人たちだろう、あの時は火事場騒ぎだから、ここまで持って来て置くのもやむを得ないが、今となって、まだ放りっぱなしにして置くとは。
 お雪ちゃんが、それを、もう少し早く気がついたならば、単にこの白いものが、まだ動かされないで置かれてあることだけを知ったならば、一目見ただけでこの場へ来るのをいやがって、前の時のように、眼をふさいで逃げて行ってしまって、いやな感情は消えないまでも、後の問題は残さなかったのでしょうに――それは、接近するつもりなくして接近し過ぎていました。
 その接近があまり急激に来たものですから、接近した時はもう退引《のっぴき》することができません。見まいとしても、その全体を見なければならないところまで来てしまっていた。それがために、見てはならないものを見せられてしまいました。
 特に、最も悪いところの部面が、お雪ちゃんに見せるためにのみ、展開されてでも置かれたようなものを、遠慮も、割引もなくそのまま、いやおうなしに見せられてしまったのは、子供が、不意に後ろから居合抜きに抱え込まれて、奥歯を抜か
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