一つであったことを覚ったのは、長い後のことではありませんでした。
それをまだ地中にも葬らず、火中にも置かず、川原の真中へ抛《ほう》り出してあるのだ。生きていないというまでのことで、まだ煮ても、焼いてもないのですから、よろしかったらこのまま召上ってください、と言わぬばかり。
だが、死肉は食えまい。いかに飢えたりとも、天が特に爪牙《そうが》を授けて、生けるものの血肉を思いのままに裂けよと申し含めてある動物に向って、棺肉の冷えたのを食えよというのは、重大なる侮辱である。
カタカタと軽くゆるがしてみただけで、この動物は、ついにその中の餌食に向っては、指をさしてみることをも侮辱とするもののようです。だが、カタカタと軽くゆすってみた瞬間に、釘目を合わせておかなかったこの棺と称する人間の死肉の貯蔵所の蓋《ふた》が、二三寸あいてしまいました。
二三寸あいたところから、意地悪く、その髪の毛のほつれと、冷え固まった面《かお》の白色が、ハミ出して見えたようです。朧《おぼ》ろのような夜光で、見ようによっては、棺の内で貯蔵された死面が、笑いかけたようです。
ところが、せっかく、死肉が笑い出しても、こち
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