て動き出した。こういうことがあるから、人を殺せば、血を見なければならないというのだ。敵に斬られることよりも、斬って止めを刺すことを忘れた武士の方が、うろたえ者と言われる。
 果然! 寝棺の一端が動き出して、死人が物を言いました、
「御免下さいやす、つい、ほんの出来心でおましてな、悪い気でやったんじゃございませんのや、寒いもんでおますで、女房や子のやつが寒がっておますやでな」
 死人がこういって物を言い出したのみならず、ペタリと、石川原の上へ、へばりついてしまって、大地に両手をついて、額《ひたい》をその間に埋めて、ベルゼブルにおわびをするのです。いやまだどっちがベルゼブルだかわからない。
 竜之助は、そのお詫《わ》びの言葉を充分に聞き分けてしまいました。
「何をしているのだ」
「どうも、悪い気で致したのやおまへん、焼け出されでおましてな、女房子が寒がるもんやで……つい」
「つい、そこで何をしていたのだ」
「はい……これを一枚だけ、ちょっと、ほんの一晩のうち、お借り申したいことやと存じましてな」
 訊問する者も、訊問される者も、わからない。
「では、御免下されましてな……」
 ペタペタと砕
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