も、つまりは飢渇を感じ出したからです。飢渇といわなければ、空虚といってもよろしい。
 つまり、その食物を求めんがため、食物で悪ければ充填物《じゅうてんぶつ》を、さがし求めんがために、ふらふらと歩き出したのだが、ここは果して甲府の城下ではない、また大江戸の市中ではない、城気の疾《と》うに失せていた飛騨の高山のことではあり、この高山も、目ぬきの大半を祝融氏《しゅくゆうし》の餌食《えじき》に与えているのだから、この怪物に余された獲物《えもの》というものは、どんなものか知ら?

         三十六

 有る、有る。
 尾花だの、萱《かや》だのの中に、竹煮草《たけにぐさ》とか、ごまめ菊とかいったような雑草がすがれている。一口に言えば蘆葦茅草《ろいぼうそう》の中の川原の石の磊嵬《らいかい》たるところに、置き捨てられたまだ新しい白木の長い箱が一つある。
 これは昨晩、お雪ちゃんをおびやかした白木の寝棺《ねかん》です。あの娘《こ》は一目見たきりで、おびえて逃げたけれども、この怪物にとっては、これもまた餌食にはなるらしい。惜しいことにこの幽霊は、足許は確かだが、眼が利《き》かないから、眼前に横たわ
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