ゃんは、あの夜のことを思い出しました。果して、それがあの時のさむらい、宇津木兵馬様であるやらないやらは懸念《けねん》のことだけれども、今日の場合では、他人の空似《そらに》であっても、心強い感じがする。
明日は北原さんへ手紙を書くことのほかに、もう一つ用事が出来た。それは、そのお方をおたずねしてみることだ。本当にあの若いおさむらいさんならば、北原さんよりもいっそ手近で、打明けて相談のできる人、ほんとに他人でない気持がする――今の先、いやなおばさんの記憶で悪くした気を、この久助の報告で、お雪ちゃんがすっかり取返しました。
こんなような、あわただしい混乱のうちに、夜になったから、この一晩を、また屋形船の中で明かすことになりました。
昨晩は、火事をよそにして、いくらも残らない夜明けを、あんなにして明かしてしまったが、今晩はもう一人、久助さんというものが来ていて、狭い船の中が賑《にぎ》やかです。
それでも、昨晩からの疲れが烈しいものですから、お雪ちゃんは、薄着のことも気にならず、たあいなく眠りに落ちてしまいました。久助さんもまた同様で、二人とは少し離れたところにゴロリと横になると、やはり
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